第8章 日記
 


12月17日 黒谷 晴れ  6:30起床  朝食 抜き

 6時40分 仏様に旅の安全を祈って出発する。
 荷物は、ミレーチャクラ65リットルとミレーの30リットルザックの2個 重くて大変である。
 西舞鶴駅の駐車場にパジェロを置き、あさしお3号に乗り込む。
 あさしお、のぞみ、と来たため時間があまり東京で時間つぶしをする。
 成田で、カバンを1個買い食料を入れる。結局機内チェックインの荷物は、2個+ピッケルとし、30リットルザックを機内へ持ち込む。
 成田の第1旅客ターミナルのG112カウンターで航空券を受け取り、搭乗手続き、荷物のチェックイン、出国手続きを行い、18時30分出発する。

 シアトルに現地時間の12月17日10時10分着 雨時々くもり
 シアトルで、米国入国手続き、荷物のチェックアウト、税関検査、荷物の再チェックイン、シアトルーマイアミ間の搭乗手続きを行う。 この時ピッケルは、保安上の理由かチェックアウトせず、直接サンチャゴへ送られた。
 シアトルでは、日本語の放送が流れ、日本語を話す係員がいるためこれらの処理は非常にスムーズにおこなえる。 12時30分 シアトル出発

 マイアミに現地時間の12月17日21時00分着
 マイアミでは、シャトルで「Dコンコース」へ行くが、この方法が分からず、日本人旅行者にたずねる。 機内持ち込み荷物の検査と、出国カードを搭乗時に航空会社に渡たし、22時3O分 マイアミ出発

 成田−シアトル−マイアミ−サンチャゴは、乗り継ぎ時間も入れて約25時間、たいへん疲れる。 ちなみにマイアミ空港で計った脈拍は91/分もあり、唇もかさかさで、旅の不安から非常に緊張している。 食欲だけは、いつも食べられない機内食を残さずたべてまずまずである。
 非常に長い25時間であったが、もうすぐサンチャゴである。さあ、入国カードを書いてチリに入国するか。


12月18日 サンチャゴ 晴れ  6:30起床  朝食 機内食

 サンチャゴに現地時間の12月18日8時55分着
 入国手続き、荷物の受け取り(シアトルでチェックアウトしなかったピッケルも無事到着)、税関検査をへて9時30分、遂にチリ入国に成功した。
 両替所を探して空港の1階ロビーをうろうろしていたら、タクシーの運チャンに呼び止められる。 必死の交渉(筆談)の末、市内のホテルまで20ドル、ホテルの予約もしてもらうことで交渉成立。 とても親切な運チャンで、チリの印象が大変よくなり、今までの不安がだいぶ解消された。
 ホテル着後1時間ぐらい休んで、市内観光に出かける。 両替出来る所が分からず、「Hotel CARRERA]で両替した。普通1ドル400ペソぐらいであるが、1ドル380ペソと率が悪かったが、しかたないか。 ガス・コンロ、水筒、マット等を探したが見つからず、スーパーで水筒代わりに2リットルのコーラのペットボトルを購入しホテルへ。 ホテルへの帰り道が分からなくなり、人に聞きまくってなんとかホテルに到着、すぐ寝てしまった。


12月19日 サンチャゴ 晴れ  5:30起床  朝食 パン、コーヒー

 7:20まで今日の作戦をねる。今日中に登山準備を完了させて、明日はペンテデルインカまたは、メンドーサまで行きたい。
 7:20〜7:50朝食 8:30ホテルを出る。 地球の歩き方に書いてあった「Infomacion Turistica(観光案内所)」を探すが、見つからない。 持っていった地球の歩き方が古かったようである。「アルマス広場」や「北バスターミナル」は、見つけることができた。 ガス・コンロを、アルマス広場近くのデパートで購入、地図は入手出来なかったが明日20日にメンドーサへ行くことにし、バスのチケットを購入した。
 映画「サンチャゴに雨が降る」のラストシーンで有名な「モネダ宮殿」などを観光したが、さすがに夏である。 Tシャツ1枚で歩いたがまだあつい。


12月20日 サンチャゴ 晴れ  6:00起床  朝食 パン、コーヒー

 7:40まで今日の作戦をねる。
 今日は、国境を越えてアルゼンチンのペンテデルインカまで行く。
 7:40〜8:00朝食 8:30ホテルを出発
 タクシーでバスターミナルへ来たが、12時の発車まで3時間あり、ターミナルでボケ〜としながら人を見ている。 やっぱりサンチャゴには美人が多い。(何かの本にもそう書いてあった。)

 12時にターミナル・サンチャゴから、ペンテデルインカへ向けて出発する。バスは時間も正確で、食事もでる。 乗客が30名ぐらいでゆとりがありとても快適である。
 サンチャゴ市街を抜けると、チリ−アルゼンチン国境道路を快調にとばす。外の景色は、荒涼としてきてアンデスの大きさを感じる。
 15時チリ−アルゼンチン国境に到着、出国手続きに約1時間、チリ出国後バスで5分ぐらいの所でアルゼンチン入国手続きを行う。
 16時30分アルゼンチン入国、入国してすぐが、ペンテデルインカでバスのチケットは、メンドーサまで買ってあったがここでおりる。 降りたのは自分1人で、アンデスの山奥に1人で来たということを実感する。 すぐにアムエロ(馬方)がやってきて彼の家に連れ込まれる。このアムエロが自称ジョーである。 アルゼンチンの物価や、ポータの相場が分からないうちに、ポータ、ムーラの交渉を行う。プラザデムーラスまでの2日間のキャラバンを230ドルで決着した。


12月21日 ペンテデルインカ 晴れ 6:00起床  朝食 パン、コーヒー

 標高2700mのペンテデルインカの朝は、夏とはいえまだ寒い。アンデスの山波がよく見える川沿いの台地でキジを打つ。なかなかである。
 7:00の朝食後、コンフレンシアへ向けて出発する予定だったが、登山届けが必要と分かり、車をチャーターしてメンドーサまで、往復400kmのドライブに出かける。
 運転手、ジョー、ジョーの家族と計6人を乗せて、チリ−アルゼンチン国境道路を快適にとばす。 ラテンの音楽を聞きながら行く気分は最高である。
 登山許可は簡単にもらい、後は、ジョーの買い物につきあう。登山届けよりもジョーの買い物がメインのようである。 ペンテデルインカに23時ごろ帰る。


12月22日 ペンテデルインカ 晴れ 7:00起床  朝食 パン、コーヒー

 昨日と同じようにペンテデルインカを散歩して、アンデスを見ながらキジを打つ。
 8:00〜8:20朝食
 9:00出発の予定が10:30頃の出発となる。オルコネスの警備小屋までは、車で入った。
 11時オルコネスの警備小屋に登山届けを提出後、ムーラ(馬)に跨りコンフレンシアに向かう。 初めて馬に乗ったが難しい。すぐアムエロから遅れてしまう。
 14:40 コンフレンシア着、テント設営後アロファー米にお茶づけで、久しぶりに日本食にありつく。 食後キャンプ地を歩き周り高所順応に精を出す。


12月23日 コンフレンシア 晴れ 6:20起床  朝食 おもち3切れ、コーヒー

 よく寝れなかった割には、体調はまずまず。若干高山病の影響有り。
 ジョーが来るのが、11時頃と思っていたが、8:40に来てくれた。 今日もムーラで行くが、おしりが痛い。 日焼けで、首筋と、手がひりひりする。
  9時  コンフレンシア出発
  13時 プラザ・デ・ムーラス着
 プラザ・デ・ムーラスでは、ラーメン、カロリーメイト、リンゴを食べ、体調はまずまずである。明日調子がよければC1まで行ってみる。


12月24日 BC(プラザ・デ・ムーラス) 晴れ 9:20起床 朝食 おもち2切れ、コーヒー

 5時頃頭痛で目が覚める。バッファリンを飲みしばらくすると楽になった。
 9時頃起きて、コーヒーとおもちの朝食をとる。 しばらく動いていると、体の調子もよくなってきたので、 他の日本人5人と一緒に11時C1へ向けて出発する。 ダラダラのガレ場を行くが、登るほどに調子もよくなり、 約4時間でC1に到着。 すぐにBCへ降りる。


12月25日 BC(プラザ・デ・ムーラス) 晴れ 7:15起床  朝食 お茶づけ、コーヒー

 昨日よりも寒かった。
 朝食後、パッキング。 3泊4日分の食料をザックに入れる。降りてきた日本人のピッケル、 アイゼンはいらないというアドバイスに従い置いていく。荷物は全部で17〜18Kgとなる。
 10時出発 14時30分 旧C1(5150m)に着くかなり苦しい。 15時45分 C1(5350m)に着く。テントを設営し、水をくみジーフィーズを作りだした時、 両腕が激しく痺れてきて、完全に動かなくなり、体全体もしびれ動けなくなった。 両腕が痛くなり、体が固まってちじまるようだ。 そんな状態が30分ぐらい続いたが、何とか楽になった。 どうも過呼吸の症状のようだ。
 19時頃水をくみに出ると、水場のそばに日本人2人パーティーがテントを張っていた。 6300m付近まで行って降りてきたとのこと。
 ニード・コンドレス(コンドルの巣)のキャンプ場(C1)は、稜線上にあるため、さすがに見晴らしがよく、 アンデスの山波が見事である。特に夕方アンデスが、赤く染まる時が最高である。


12月26日 C1(ニード・コンドレス) 晴れ 8:00起床 朝食コーヒー,おもち2切れ

 調子がわるい。8時すぎにコーヒーを飲んで、テントの中でダラダラしている。
 9時30分おもち2切れをやっと食べる。 全然食欲がない。
 10時30分C1を出発してC2へ向かう。とにかく行けるところまで行ってみる。 12時15分C2(5850m)着 なんとかC2までこれた。C2には、小屋が数個あり、使えるものもある しばらくC2にいて、C1へ降りたが、この日のうちにBCまで降りた方が良かった。


12月27日 C1(ニード・コンドレス) 晴れ 7:00起床 朝食 コーヒー、カンパン

 脈拍は、81に落ちたが、食欲がない。 今日は、BCへ降りて、明日は休養、明後日アタックとする。 テント、食料は、C1にデポし、BCではすこし離れた、山小屋(ロッジ)にとまることにする。
 C1を9時頃出発、10時30分BC着。 BCでは、食欲も回復し、やきそばと、G登ハンクラブ隊からのもものカンヅメを食べる。 BCで3時頃までのんびりし、山小屋に向かう。
 このホテル(山小屋)世界一標高の高い所にあるというのが自慢らしい。 プラザ・デ・ムーラスが標高4230mなのでたしかに、 ホテル・エベレスト・ビューより高いところにあるかもしれない。 値段は、
      宿泊(シャワー付き) 23ドル
      夕食(ディナー)   12ドル
      朝食         5ドル
      計          40ドル
     ただしシャワーの水は、出なかった。


12月28日  ホテル・プラザ・デ・ムーラス 晴れ 7:00起床 朝食 コーヒーー、パン

 9時20分ホテル発、10時10分BC着
 11時45分BCを出発し、C1をめざしたが、腕が痺れてきて、C1まで行けず5100m地点で引き返す。 腕がこの調子だと、とても心配である。 残り日数を考えると、あと1チャンスか?

       12/29  C1
       12/30  アタック

          又は

       12/29 C1
       12/30 C2
       12/31 アタック

 どちらかで、1/3までにはメンドーサへ降りないと、航空券のリコンフォームが出来なくなってしまう。


12月29日 ホテル・プラザ・デ・ムーラス 晴れ 7:00起床 朝食 コーヒー、パン

 9時20分ホテル発、9時50分BC着
 BCで西のおばさんに漬け物をもらい、しばらくくつろぐ。 この漬け物が最高にうまい。
 11時10分BC出発
 16時30分5100m地点着 腕はすこし痺れるが、このまま上へいく。
 17時10分C1(5350M)着 腕の痺れは、若干あるが、食欲は旺盛である。
ジーフィーズの天丼がとても美味しい。明日は、C1よりアタックしようと思う。
 ニード・コンドレス(C1)は、すばらしところである。特に夕焼けは最高であり、いつの日か、 西ナベ会でナベをやりたいなーなどと思ってしまう。

 「Today your good walk」
 昨日、共にC1入りに失敗した英国の婦人より言われ、大変うれしかった。


12月30日 C1(ニード・コンドレス) 晴れ 5:00起床 朝食 コーヒー、おもち4切れ

 今までの経験から、朝食でおもち4切れを食べられる時は、ほとんどベスト・コンデションである。 今日は、頂上へ行けるだろう。
 テルモスにお湯をいれ、行動食、雨具、ヘッドランプ、テルモス、カメラの最小の装備でアタックにでる。
   6:45  C1出発        5350m
   8:00  C2(ベルリン小屋)  5850m
   9:40  C3(壊れた小屋 )  6300m
   13:15  頂上着
   13:30  頂上発
   14:45  C3(壊れた小屋 )  6300m
   15:15  C2(ベルリン小屋)  5850m
   15:45  C1
   計9時間

 6300m付近までは、調子が良かったが、うわさのスーパー・キャナレーターは、本当にしんどかった。 頂上での感激は、あまりなく、写真を数枚取っただけですぐ下山した。BCまで降りようと思ったが、 疲れてC1の撤収が出来ず、C1ステイとする。


12月31日  C1(ニード・コンドレス) 晴れ 6:45起床 朝食 コンデンスミルク

 朝コーヒーを飲もうとしたら、コーヒーがなく、コンデンスミルクのみをお湯に溶かして飲む。 昨日の疲れか、もう一つ食欲がなくなにも食べずにC1の撤収を始める。 8時にC1出発、 カナダキャンプを経由して、9時30分BC着G登ハンクラブの人に餅を焼いてもらう。 とても美味しかった。


1月 1日 BC(プラザ・デ・ムーラス) 晴れ 8:30起床 朝食 コーヒー、ラーメン

 BC滞在を決め、午前中ハガキを書く。 正月は、山にいるのが一番落ち着く。
 午後、オルコネス氷河まで散歩に行き、氷河の末端から中へ入ってみた。


1月 2日 BC(プラザ・デ・ムーラス) 晴れ 7:15起床 朝食 紅茶、ラーメン

 今日は、ペンテ・デル・インカへ下りることにする。 13時まで待ってジョーがこなければ、 自力で下山する。食料がほとんどなくなったので、荷物は、21〜23Kgぐらいだろう。
 10時30分頃、岐阜大隊の女性が、12時頃、岐阜大隊の男性が下りてきて、カレーライスをごちそうになる。 2時30分まで待ってジョーがこないので、自力下山とする。60リットルのチャクラの上に30リットルのザックを重ね、 手に袋に入れたチベッタをもつ。 荷物は重いが、オルコネス川沿いは爽快で、比較的早く進む。 荒涼とした景色は、自分好みで、大変気分がよい。途中何カ所か写真をとりながら、7時すぎコンフレンアに着く 来たときと同じ所にテントを張り、夕食のビスケットを食べる。(炊事道具は、軽量化のため人にあげた) 夕食後メンドーサの学生とおぼしき連中と写真を取った。


1月 3日 コンフレンシア 晴れ 6:30起床  朝食 なし

 コンフレンシアからペンテ・デル・インカへ向かう。
  7:30 コンフレンシア出発
  9:40 オルコネスの管理小屋
  10:00 ペンテ・デル・インカ着
  11:30 ペンテ・デル・インカ発
  15:10 メンドーサ着
  15:45 ホテル着       シャワーを浴びる
  16:30 外へでる

 オルコネスの管理小屋から、ペンテ・デル・インカの途中で車に拾われ楽をして、ペンテ・デル・インカに帰れた。


1月 4日 メンドーサ 晴れ 7:00起床 朝食 サンドイッチ、コーヒー

 8時15分発のバスでサンチャゴに向かう。
 15時00分サンチャゴ着。 サンチャゴ着後すぐ空港へ行き、リコンフォームと荷物をあずける。
 空港へのタクシーでだまされてしまった。本来20ドルぐらいのところを、約50ドルちかくとられた。 チリにも悪い人がいるので、要注意である。
 ホテル シティーに泊まる快適である。チェックイン後、日本料理店「JAPON」へいくが、早かったのでサンクリストバルの丘へ行く。 サンチャゴの町が一望でき最高だった。


1月 5日 サンチャゴ 晴れ 8:00起床  朝食 パン(カステラ)

 ビーニャデルマル、又はバルパライソへ行くことにしてホテル シティーを出発する。 地下鉄でバスターミナルまで行き、10時10分発のバスでビーニャデルマルに向かう。 12時00分ビーニャ着、繁華街を観光後、海岸まで歩く。


1月 6日 ビーニャデルマル 晴れ 8:00起床  朝食 パン、コーヒー

 午前中バルパライソまで散歩し、帰りは汽車で帰ってきた。
 午後ビーニャデルマルの砂浜で、日光浴をする。日差しが強いため灼きすぎた。
 海辺ではあるが波が高くて泳げない。


1月 7日 ビーニャデルマル 晴れ 8:00起床  朝食 パン、コーヒー

 午前中にサンチャゴに帰る。夜のフライトまでだいぶ時間があるので、サンクリストバルの丘へいく。 アンデスをバックにした、サンチャゴの町は、なかなかである。その後日本料理店「JAPON」で 「NIGIRI DELUXE」と「KITUNE UDON」を食べる。
 夜アメリカン航空機にてマイアミへ


1月 8日 機内  朝食 機内食

 帰る時になって体調が最悪になってしまった。
 最悪の体調のままマイアミ、シアトルへ。


1月 9日 機内  朝食 機内食

 最悪の体調のまま成田へ。
 なんとか日本に帰ってきた。


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