2006年11月17日

サバイバル登山家あるいは雪黒部の哲学

夏頃からアマゾンの登山本関係の広告で サバイバル登山家
というのを目にしてました。
表紙が、 こんな本です。
(イワナの皮を口で剥でいる写真だそうです。)
怪しくで買うのを躊躇していたのですが、本屋で立ち読みしたら序文を
山野井氏 が書いていることが分かり早速購入してしまいました。^_^;

生命体としてなまなましく生きたい。
自分がこの世界に存在していることを感じたい。
そのために僕は山登りを続けてきた。
そして、ある方法に辿りついた。
食料も装備もできるだけ持たずに道のない山を歩いてみるのだ。

南アルプスや、日高山脈をこのスタイルで歩かれているのですが、
サバイバルと云うなら、焚き火をおこすときメタ(着火材)を使うのは
反則じゃないかと強く感じました。
サバイバルと云うより、装備を軽量化した登山として読めば面白し、
今後の山旅(沢旅)の参考にもなりました。

雪の黒部の記録も掲載されており、
山旅人としてはこちらの方が面白かったです。

眼下に黒く黒部川が流れていた。
吹雪が世界をモノトーンに変え、
僕らの身につけているヤッケやザックだけが
この世界に色を与えている。
見えるかぎりに生物の痕跡はなく、
何百万年ものあいだ、変わることなく
くり返されてきた風景のなかに僕たちはいた。
この景色を目の前にしてようやく、
雪黒部を舞台に登山を行ってきた先輩たちがなぜ自分たちを
「黒部の衆」と呼んだのかが理解できた。
アルプスでクライミングをする者がアルピニストなら、
黒部にもがく者たちを総称して名前をつけてもいい。
そのくらい黒部、とくに冬の黒部は雰囲気、
技術、恐怖、露出感、そして哲学まで、
独特のものとしてひとつの登山世界を作り出している。

雪の黒部には哲学があるのです。
この哲学を体で理解するため、雪の黒部を渡渉してみたい。^_^;


 

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投稿者 山旅人 : 07:44 | コメント (2) | トラックバック

2006年02月02日

間宮林蔵 (まみや・りんぞう)

 伊能忠敬に続き、間宮林蔵の
「まぼろしのデレン―間宮林蔵の北方探検」
と云う絵本を読みました。

 林蔵の、樺太の探検(間宮海峡の発見)や、アムール川河口の町デレンへの
探検などを、絵本にしたもので、樺太やオホーツクの海、アムール川周辺の自然
の厳しさと雄大さが絵と文から感じられます。
樺太が半島ではなく島であることを発見したことは当時世界的な偉業であり、
間宮林蔵や伊能忠敬を輩出した江戸という時代を見直しています。

デレンは現在、ノヴォイリノフカと呼ばれておりこの辺にあります。

この本を読んだきっかけは、会社の仲間からの次のようなメールで、

一通り読み終えた後、あとがき部分に、筆者の話として、
植村直己が尊敬していたのが、南極観測隊第一次越冬隊長の西堀栄三郎で、 西堀榮三郎が尊敬していたのが、開南丸204トンの船27名の乗組員と29頭の カラフト犬を引き連れて南極に行った白瀬のぶ。 その白瀬のぶが、11歳のころ寺子屋の先生から聞いた話で間宮林蔵がいた。

とのことで、間宮林蔵がいなければ、植村直己もいなかったのである。

付け加えると、間宮林蔵に測量術を教えたのが伊能忠敬になります。

伊能忠敬
間宮林蔵
白瀬のぶ
西堀栄三郎
植村直己
山旅人(^_^);
と江戸時代から現在まで続く、探検家の系譜を受け継げるようがんばらねば(^_^);;;

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投稿者 山旅人 : 07:34 | コメント (2) | トラックバック

2006年01月26日

伊能忠敬(いのう・ただたか)

山旅マップのような「地図コンテンツ」を充実させていくための
バックグランドになればと思って、「伊能忠敬 生涯青春」
と云う本を読みました。
この本がすぐに、「地図コンテンツ」に結びつく訳ではありませんが、
色々なバックグランドの知識を持ちながら、コンテンツやプログラムを
作ることは重要だと感じています。

第二の人生として、「ほんとうにやりたいこと」をやるには、
常日頃の準備が大切だと、改めて考えさせられました。

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投稿者 山旅人 : 12:19 | コメント (0) | トラックバック

 
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