1999年12月27日
神は、私に山を登ることを許された。
1999年12月20日
孤独の代償が自由なら、そこまで孤独を恐れる必要があるのか。
1999年12月13日
自由の代償が孤独なら、そうまでして自由である意味があるのか。
1999年12月6日
夢の中で、魂を風に乗せて、マッキンリーまで。
1999年11月29日
行くしかないのだ、越えても、越えても、
果てしなくその問いに背中を押され続けるように。
1999年11月22日
その風は何処から吹くのか、
雲は何処へ流れていくのか。
果てはどこにあるのか。
1999年11月15日
Never Never Never Give Up.
1999年11月8日
技術者は、狂気で、馬鹿げているからこそ、偉大なものが考えつく。
1999年11月1日
生と死とがあまりに近くにありすぎる山。
その山に誰のためでもなく、
ただただひたすらに自分のためだけに登るからこそ、
そこで人は美しく、強く、眩しいほど輝くのだ。
1999年10月25日
継続は力なり!
1999年10月18日
かなわない、夢はない。
1999年10月11日
世界には、きみ以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。
その道はどこに行き着くのか、と問うてはならない。ひたすら歩め。
1999年10月4日
登り、下り、すり減っていく己の生命を凝視するのだ。
1999年9月27日
トタンがせんべいを食べて、秋の日の夕暮れは穏やかです。
1999年9月20日
決してあきらめない。 奇跡は必ずおこる。
1999年9月13日
我々は、かなた国境に輝くキリマンジャロ山頂に、灯火をかかげよう。
絶望あるところに希望を、憎悪のあるところに尊厳を与えるために。
1999年9月6日
山は情熱を演じる劇場である。
1999年8月30日
長く長く、庄内平野を転々としながらも、
月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。
1999年8月23日
見上げているものは高貴で気高い。なまざしを高く掲げるかぎり、
人間はけっして衰弱することがない。
1999年8月16日
ときとして、思うのだ。イカロスの気分を、復活させたいと。
1999年8月9日
登頂しないうちは倒れてもなおやまない。
1999年8月2日
空に優しさがあり、大地に優しさがあり、山に優しさがある。
1999年7月26日
自分の頭で、足で、前へ進む。
1999年7月19日
自分自信を知るためです。山登りや冒険は自分への旅であり、
だから終わることはありません。
1999年7月12日
自分の進むべき道は何なのか。
1999年7月5日
ひと真似をせず、あるがままの自分を高めていけば、
人間はいつか何者かになれる。
1999年6月28日
なぜ登るのか、なぜそうまでして行くのか、なぜソロなのか。
1999年6月21日
山を登るのに、なぜ安全を求めるのか。
1999年6月14日
絶望の底から生の輝きを希求するとき、真の山が見える。
1999年6月7日
正しいと思う方向へ歩いておれば、
倒れたとしても何を思い残すことがあろう。
1999年5月31日
山は山を本当に愛する人全てに幸を与えてくれる。
1999年5月24日
夢も呼吸をしています。
1999年5月17日
今日の常識が、明日の常識とは限らない。
1999年5月10日
美しき山、美しき海、美しき空。
1999年5月3日
夢は教えられるものではなく、人間の心が発見するものだ。
1999年4月26日
山よ遙かであれ、夢よ果てしなくあれ。
1999年4月19日
山ヤの、やせ我慢、イキに見えたよ。
1999年4月12日
山は、夢に向かう自由です。
1999年4月5日
大地あり、美しき峰ありて、気高き人がいて。
1999年3月29日
勇気と情熱とあきらめない粘りが、山屋の誇りだ。
1999年3月22日
目指す山は、まだまだ高い。
1999年3月15日
知床の岬にハマナスの咲くころ、想い出しておくれ、遙かな山々を。
1999年3月8日
カムイエク、遠い空。
1999年3月1日
高く、高く、どこまでも高く。
1999年2月22日
遠く、遠く、どこまでも遠く。
1999年2月15日
雲が流れていた。 ゆるやかに流れていた。
1999年2月8日
何かを求めて振り返っても、そこにはただ風が吹いているだけ。
1999年2月1日
DTD,XML,XSL 進み続けるテクノロジーが私を置き去りにする。
1999年1月25日
家族のために、夢を捨てる勇気がありますか。
1999年1月18日
夢のために、家族をすてる勇気がありますか。
1999年1月11日
粘って、粘って、粘って、その向こうに山頂がある。
1999年1月4日
朝になっても、まだ山を歩いていた。
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「1997年の今週の一言」
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